私生活

学生時代からの彼女キンバリー・スコットと長年に渡って交際していた。1995年に娘のヘイリー・ジェイドが生まれ、1999年に結婚したが、2001年に離婚。しかし2004年の後半から再び交際が始まり、2005年に再婚することを発表しました。

家族の他、50セントやD12、オービー・トライス、G-ユニットなど大勢の家族や友人を招いて、2006年1月14日に再び挙式したが同年4月5日に離婚申請を提出し、12月19日に両者の離婚が確定しました。 その後は半年程、世界的歌姫のマライア・キャリーと交際していたことを明かしています。

また、そのイメージからは想像も出来ないほど、子煩悩な父親としても有名で、家では特に言葉遣いを厳しく躾けている。この件についてエミネムはインタビューで「ヘイ、ビッチ! 片付けろ! なんて叫ぶ親がどこにいるんだよ」と語っています。 元妻はキンバリー・マザース。エミネムの高校時代からの恋人です。

1995年に娘が誕生し、1999年に結婚。2000年8月にエミネムが離婚を申し立てるものの、同年12月に申請を取り消し。 数ヵ月後にはキンバリーが離婚を申請し、2001年10月に離婚。娘の親権をめぐって激しく争いました。 ところが2004年後半に再び交際が始まり、2006年1月に再び結婚。たった3ヵ月後には再び離婚を申請しました。

彼が発表した自伝「The Way I Am」では、私生活がさらに赤裸々に明かされている。 睡眠薬中毒のリハビリを受けたり、キムと再婚・離婚したり、親友のラッパー、D12の死と直面したり様々な困難の中、過去2年に渡って公の場から姿を消していたエミネムは、偶然にスターになってしまった郊外に住む普通の父親として、自分を描いている。

ジャーナリストのサーシャ・ジェンキンスが書いた同書は、写真とリリックや詩のスクラップなどを交えた自伝です。 これまでレコーディング・ブース以外では口を堅く閉ざしてきたエミネムが、正直すぎるほど自身をさらけ出しています。

「ある意味、この本をもって、彼のキャリアの序章は終わるのです」と長年のマネージャー、ポール・ローゼンバーグ氏は「ニューヨーク・タイムズ」紙によるインタビューの中で語りました。 「今のエムは前向きです。再び活気に満ちており、集中しているのです」とのこと。 またホームタウン=デトロイトへの深い愛情に裏付けられたニュースも目立つようになりました。

映画『8マイル』のセットで使用されたレンガをオークションで発売、その売上金を実在する8マイル・ロードの再建に寄付、予算削減のため中止が発表されたデトロイト夏恒例の花火大会の運営資金を集めるためチャリティー・イベントを開催、MCバトルで競い合ってきたHUSH、トリック・トリックといったデトロイト・ラッパーなどへの楽曲提供、プロデュース参加などがそれらであります。

そんなデイリーで飛び込んでくるニュースの中でも最も自他ともに熱くなったニュースは、05年夏の未曾有のスケールで臨むと発表したエミネムと50セント双璧のジョイント・ツアー=アンガー・マネージメント・ツアー3でありました。 7月から8月にかけて北米20都市を巡るこのツアーは、50セントのセカンド・アルバム『ザ・マッサカー~殺戮の日。』のリリースを無事に迎え、満を持して計画されたまたひとつのピーク的な意味合いを持つ重要なものでありました。

エミネム自身「ついにその時が来たんだ。出来るだけ最高のラインアップにしたかったんだ。俺はツアーに出る度、いつでも前回のツアーを超えようとしてるんだ。今回は本当の意味で超えることができそうだ」とコメントした通り、 D12、オービー・トライス、スタット・クオといったシェイディ・ファミリー、トニー・イエイヨー、ヤング・バック、ロイド・バンクス、オリヴィアらG-ユニット・ファミリーのほかクランク帝王=リル・ジョンやサウス・ヒップホップの雄リュダクリスなどが参加する文字通りヒップホップ最高峰のツアーとなりました(続いてこのツアーのヨーロッパ版も9月に行うコトが発表され、再びシェイディ+G-ユニット・インベーションが世界規模で広がることが約束された)。


裏事情

このツアーのパフォーマンス模様はエミネムがオーナーを務めるサテライト・ラジオ"Shade 45"でインタヴューを交え独占放送され、同時期に前回のアンガー・マネージメント・ツアーのDVDをリリースするなど、エミネムのアントロプレナーとして才覚をも再び垣間見るものでもありました。 しかしながらこの華やかなツアーもヒップホップ・ビーフの落とし穴に陥ってしまったエミネムのツアーDJ=DJグリーンランタンの解雇劇と共にスタート、その新DJとしてエミネムのステージに立ったアルケミストの乗っていたツアー・バスが横転事故を起こし、あえなく3公演のみでアルケミストは降板するという雲行きの悪さを序盤から伺わせていました。

そこに追い討ちを掛けるかのように報じられたのは「エミネム引退」説であった。 マネージャー=ポール・ローゼンバーグ氏が語ったとしてタブロイド紙にまことしやかに掲載されたこの衝撃ニュースは、エンタテインメントのトップ・トピックスとして瞬く間に世界を駆け巡った。7月17日、エミネム自身によりステージ上でこの引退報道は否定されるも、8月13日のデトロイト公演にて終了したエミネムは、睡眠薬過剰摂取による精神不安定/疲労状態に陥り入院、ヨーロッパ・ツアーのキャンセルを敢え無く発表するに至りました。

当然のようにその"引退説"が再び浮上、拍車がかかるコトになった。 迎えた2005年10月。 エミネム・サイドがアップル社のiPodのTVCMに「ルーズ・ユアセルフ」が無断で使用されているとして著作権侵害で訴訟を起こし金銭的な和解で終焉したはずのCMが、エミネム本人出演という装いも新たに突如世界のTVメディアで大量オン・エアがスタート。

そこには「Curtain Call - The Hits」という文字が刻印されていました。 そのタイミングと同時にアフターマス/シェイディ/インタースコープからオフィシャル・リリースが出されることになる。 エミネムのベスト/グレイテスト・ヒッツのリリースが決定、そのタイトルは『カーテン・コール。~ザ・ヒッツ』である、と。エミネム自身からもこのアルバムについて、「多くの人が好きな曲もあるし、おれしか好きじゃない曲もある。でもこのアルバムは、そんな"多くの人"のためのアルバムなんだ。」とコメントが発表される。

新曲は3曲、そのシングルとして決定したタイトルはこれまた"引退説"を嘲笑うかのような「ホエン・アイム・ゴーン」。あらゆる意味で注目を集めることになる『カーテン・コール。~ザ・ヒッツ』のアイデンティティとは・・・? 7,000万枚のワールド・アルバム・セールスを誇るモンスター=エミネムの、これこそがその"ザ・ヒッツ"というタイトルに相応しいアルバムである。